私は今、ダカールに住んでいます。
 初めまして、GURI=グリと申します。1998年にマレーシアのペナン、ゴルフ場の片隅で生まれた灰色の猫です。兄弟は5〜6匹いましたが、どうしたことか、私と弟のNOIR(ノア)だけがご主人に拾われ、アパートメント暮らしをすることになりました。弟のノアは体が弱く、生後1年も経たず亡くなりましたが、私はやんちゃ娘であった故、独り占めするかのように餌を食べていたからでしょうか。今も結構グラマーな体をしています。

 暑いペナンで過ごしていましたが、日本へも2回往復しました。検疫と飛行機は結構辛かったのですが、必ず傍にご主人夫妻がいてくれたので、あまり泣き声を出さずに済みました。そして、ご主人である奥様がダカールに赴任となり、私も一緒にアフリカに行くことになりました。ただ、アパートメントの準備もあるから2002年9月から2ヶ月間、東京の家で過ごすことになりました。東京の家は2度行っているから勝手は知っているものの、第2主人である“あの方”がいるから安心して東京に向かいました。

 予感するところがありましたが、2002年10月31日、私は突然、あの方にゲージに入れられ、また飛行機に乗ることになりました。その時はマレーシアに戻るのかなと思いましたが、乗っている時間がどうも長い、変だな、今度はどこへ行くのかなと考えていましたが、14時間後に着いたのはパリでした。
 現地時間の朝4時半から空港のラウンジに留め置かれ、不安が一杯でしたが、あの方がいるから大丈夫と思いました。途中2度トイレに連れて行かれましたが、でも心細かったのでしょうか、私は緊張感一杯で出ませんでした。結局、12時間も閉じこめられたので、次の飛行機に乗る1時間前にゲージの中でお漏らしをしてしまいました。ごめんなさい。
 そして行き先はアフリカのセネガルと分かりました。首都のダカールまで6時間の長旅です。いつもは隣の座席に座るのですが、その時はフランス人が乗っていたため、あの方の足下でおとなしくしていました。何でこんな遠くまでこなければならないのか不思議で、私は旅を続ける数奇な運命の猫であると自覚し始めました。
夜11時前、やっと、迎えに来ていたご主人の奥様と再会出来ました。東京の狭いマンションと違い、ダカールのアパートメントは広く、一杯走り回ることも出来ます。ご主人も餌を一杯くれます。でも、これ以上は太りたくないので・・・よろしくお願いします。

 私を連れてきたあの方は一旦日本に戻りましたが、年明けの1月1日にまた来てくれました。でもでも、3ヶ月もいたのに私をほっといて、二人でサンルイ、モーリタニア、カナリア諸島などに出掛けていくため、私はいつもお留守番です。そして、帰ってくるたびにあの方は、私が寝ている椅子の隣でパソコンを打っています。どうやら旅行記をまとめているようです。
 私は音に敏感だから、最初はうるさいと思いましたが、独り寝の時間を過ごしながら、時折パソコンを覗くと結構面白いことが書いてあります。「へえ、こんなことを考えているのか、斜に構えているところもあるけど一言の呟きが面白いね、テンポがあって読みやすいね、情景が浮かぶね」なんて思いながら、思わず盗み読みすることがありました。よろしければ、あなたもこの先の風信記を読んで下さいね。

2003年4月吉日
GURI