ダカール滞在記
 

アフリカ(Africa)

アフリカ(Africa)

<アフリカという大陸について>

 アフリカでよく知られている国はどこであろうか。ここセネガルに来る直前の知識を思い出してみると、北の地中海沿岸には「モロッコ・アルジェリア・リビア」などがある。しかし、エジプトは地図の上ではアフリカ大陸であるが、イスラム故なのか中東諸国と同列に扱われアフリカとして認識されていない。中近東と表現されることが多い。
 南には「モザンビーク・ボツワナ・ナミビア」があり、「南アフリカ」が一番よく知られている。マラソンで良く出てくるのは東アフリカの国々「ケニア・エチオピア・タンザニア」等である。なお、アメリカ映画で有名になった「ソマリア」はケニア、エチオピアを背中にインド洋に面している。そして、ワールドカップに出た「ナイジェリア・カメルーン」はほぼ中央にあり、「コンゴ」も含まれる。

 さて今回滞在するのは西アフリカのセネガルであるが、西アフリカは「ギニア・マリ・モーリタニア・セネガル」等のことを言い大西洋岸である。西アフリカから想起されるのは“砂漠、灼熱の大地、部族の祭り、パワフルな音楽”であるが、“飢餓貧困、紛争、伝染病”等の問題が多いイメージのほうが大きい。

 アフリカには約2000の部族と言語があったと言われ、文字はなく、いわゆる歴史は縦に繋がっていない。最近、発掘調査から人類の祖先=イブ誕生の地と言われようになった。時代を記録した文章はなく、セネガルなどでは口承詩人の「グリオ」と呼ばれる人達が“生ける歴史書”となっている。
 ところで、セネガル出身の世界的歌手ユッスー・ンドールはグリオの家系に生まれ、幼い頃から語り部の血を引いているという。パリで開かれたコンサートでは、第一部では英語かフランス語で、より多くの人に分かってもらう歌を歌い、第二部はウォロフ語でセネガル出身者に愉しんでもらう形式にしているという。
過日、私は日本大使館を訪れたユッスー・ンドールに会うことが出来た。

ユッスー・ンドール
ユッスー・ンドール
国会議事堂前で踊る人々
国会議事堂前で踊る人々

 一方、アフリカという大陸は、欧米諸国の持つ歴史と文化を押しつけられてきた。彼らの共同体、王国・歴史・言語・宗教・部族をすべて無視して「国」という価値観がつくられていった。独自の文化を保存発展させていくということは教えられなかった。生活の便利さはすべてに優先される。
 また、奴隷貿易の役割を終えても、ヨーロッパの食料、原料供給地としての役割が続いた。19世紀の工業化社会で油が必要になった各国は、乾燥した気候に適した落花生を栽培させた。内陸でとれたその落花生は工業油・食用油・石鹸等の多様な用途があったため、鉄道でセネガルの首都ダカールに送られた。
 今でも、ダカールの市内あちらこちらで落花生が売られている、悲しいことに・・・。

<セネガル共和国 Republic of Senegal >

セネガル共和国

◎国名

セネガル共和国 (La Republique du Senegal)
197,161km2(日本の約半分)

人口 928.5万人(1999年)
人種 ウォロフ族44%、プル族23%、セレール族15%他
宗教 イスラム教95%、キリスト教5%、伝統的宗教
◎首都 ダカール (Dakar)(人口約200万人)
◎公用語 フランス語
◎日本との時差 -9時間 (世界標準時と同じ)
◎通貨 フラン・セーファー (CFA)、1CFA=約0.2円。
1FFR=100CFA固定レート。
為替レート 100CFAフラン=1仏フラン(94年1月12日より)
◎入国査証 3か月までの滞在は不要
◎予防接種 黄熱病の予防接種を受けること
◎外貨申告 出国の際のトラブルを避けるためにも、入国時に申告することが望ましい。旅行者の場合には外貨の持ち込み制限は無い。申告手数料はFCFA5,000。
◎国際電話 国番号(221)
◎在留邦人数 140人(2000年10月1日現在)
在日当該国人数 150人(2000年12月末現在)
◎在セネガル日本大使館・総領事館 Senegal Ambassade du Japon
Boulevard Martin Luther King, Dakar, Senegal(B.P. 3140)
在セネガル大使館は、在カーボ・ヴェルデ大使館、在ガンビア大使館、在ギニア・ビサオ大使館、在マリ大使館、在モーリタニア大使館を兼轄する。

<セネガル共和国>

 セネガル共和国は北緯12度から16度の位置あり、フィリピンのマニラとほぼ同じ緯度である。6月から10月は雨季であり、サハラ砂漠に向かって湿り気のある季節風が吹き、全土に雨をもたらす。この時期は気温30度、平均湿度も90%と非常に蒸し暑いそうだが、現地の日本人に聞くと、日本よりは過ごしやすいと言う。
 11月から5月の乾季は、カナリア寒流に冷やされた貿易風が西北から吹き込み、最低気温は15度ぐらいになる。また、サハラ砂漠から吹き込む乾燥した風「ハルマッタン」が吹き込み、砂混じりの世界が広がる。砂は非常に細かく細菌などを含んでおり、外出して帰ったらうがいをする必要がある。街の木々も白くなり、家の中に知らぬ間に砂が入り込む。パソコンなど精密機械は故障しがちで、現地では1年持てばよいとも言われている。

 社会文化面ではフランスの影響を受けており、他のアフリカ諸国に比べると文化水準は比較的高いというが、あくまで比較的である。舞踏、音楽は伝統文化の中で大きな比重を占め、グリオ(吟遊詩人)のような特定の社会階層の強い影響下にある。民族楽器のコラを奏で、祭りではタムタム(太鼓)のリズムが鳴り響く。また、セネガル相撲があるらしいが、日本人からは見に行ったという話を聞くことはあまりない。モンゴル、ハワイに続いて、日本の相撲に登場したら面白いかもしれない。思わず、廻しをつけた黒人が土俵を占領する姿を想像してしまう。

<宗教国家とムリッド>

 宗教的にはイスラムの影響が強く、北アフリカから国境を越えて侵入しており、セネガルでも92%を占めている。セネガルはイスラムを憲法に掲げていないが、イスラム教の中にもいくつかの信者集団があり、セネガルでは人口900万人のうち、「ムリッド」という組織が300万人と優位を占めている。現在のワッド大統領はムリッドであることを認め、宗教団体が国家を担っていると言える。
 日本でも首相になりたいと願う人もいる。例えば、オウム真理教のあの方や某宗教団体の会長あたりかな。

 一方、セネガルのGNPは173番目(205カ国中)、セネガルには国際競争力を持つ産業や資源はない。1日300円以下で暮らす人の割合は33%以上である。ダカールの町中は割と治安が良く、注意しながらであるが、夜食事に行くことが出来る。モーリタニアではお酒をほとんど飲めないが、セネガルでは大丈夫である。その治安の良さはムリッドの力によるところが大きいと言われている。
 また、国家がすべき行政サービスを、献金を受けたムリッドが行っているケースが多い。しかし、宗教学校では子供たちが缶を持って食事とお金を物乞いするよう教えているとも言われている。さらに1970年代の大干ばつを契機として、ムリッドの信者たちはダカールなど都市部に流れ込み、路上の物売りや雑役など政府に把握されない仕事についているという。ダカールでは人口150万人の内70%ぐらいとも言われている。

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