ダカール滞在記
 

<ダカールの風ならぬ“風邪”>

 1月1日夜にダカール到着後、2日後からサン・ルイに出掛けたり、13日からはモーリタニアに行ったりしていた。ゆっくりと落ち着いた日々は未だなしの状態が続いている。昨年までの疲れが出たのか、到着早々風邪を引いたようで、そのセネガル風邪が継続している。
 モーリタニアで治ったかと思ったが、20日以降は37度5分の微熱や喉の痛みに襲われ、“モーリタニア滞在記”を仕上げるのに精一杯となった。24日以降は関節の痛みと下痢、さらに胃の痛みが加わった。一瞬マラリア等の病気を疑ったが、主な伝染病では一時的に高熱を発することが多いのでその心配はなさそうである。日本人の健康管理のため大使館に駐在している医務官も「まあ、大丈夫でしょう」とのことである。

 また、日本では「風邪はいつも1週間で治っていた」とこちらの日本人に言うと、彼らは一様に「セネガルの風邪は長いですよ! 2〜3週間以上もかかることが多いです」とすげなく答えを返された。しかし、まだまだ鼻のじくじくは続いている。この原因がやっと分かってきた。砂漠からの風により砂埃がひどい時がある、この砂には病原菌が含まれており、どうやらこれがアレルギー症状を起こし鼻炎状態になっているようである。

<主夫業とメイド>

 はてさて、「昼間は何をしているのですか?」と現地の日本人からも問われるが、主夫業と駄文業と言わざるをえない。勉学読書もわずかながら行っているが・・・。
 その生活実態は朝7時起床、コーヒーを淹れながら朝食の準備、朝食後8時半に妻を送り出す。日本時間なら夕方5時半である。それからメールをチェック、そしてフランス語のCDを聞きながら勉強するが、何せ記憶力が悪い。丸ごと覚えるのは苦手のため単語の意味や文法をチェックしながらでないと進まない。
 そうこうしている内にメイドさんが部屋の掃除に来る。彼女がいるから私の掃除洗濯は免除となっている。こちらでは外国人、主に先進国の駐在員はメイドさんや運転手を雇わなければならない。この国の雇用対策である。その間は運動不足を補うために腹筋を中心とした運動を行う。また、ある時は散歩を兼ねて、買い物のためマルシェ(市場)に行く。

 それから昼食の準備である。妻は基本的に会食、お昼当番以外は家に戻って昼食となる。基本的なことはメイドさんがやるが、何せ料理の文化が違うからすべてを任せることが出来ない。日本人には、パスタあり、中華あり、和食等何でもあり舌文化がある。また、夫婦揃って味のこだわりからは抜け出せないところもある。後片づけだけはすべて任せられるようになっているが。
 昼食後は読書、フランス語、夕食の準備等に費やす。外食はほとんど行っていない。妻がまだ調査していないのと不味いものは食べたくないという気持ちが働くからである。今はパリにいる妻の友人はアメリカ人の肥満度の異常さを嘆き、妻は結婚したセネガル人の女性を見て「どうせ太るなら、美食の故に太りたい」と同意し、“酒と美食の日々”を念じている。


自宅から市内を望む(南側)

自宅から市内を望む(北側)

<作務衣に市民権を>

 ダカールに着いて間もない1月7日火曜日、大使主催の在住日本人向け餅つき大会が大使公邸であった。私は一応大使館員の主夫としてホスト側として参加したが、このところネクタイ着用のパーティではない限り公のパーティでは“作務衣”を着用している。海外のビーチリゾートでは夜のディナーにも着ていけるし、日本的な民族衣装としても外国人に理解されやすい。故に“作務衣愛好会”でもつくり、女性の着物姿に負けない男性の文化として広めようと本気で思っている。
 大使公邸で開かれたパーティでもセネガル人女性からも、日本人駐在員、大使館の奥様方からも好評であった。ならばと、大使館のある男性に「ノーネクタイのパーティ衣装よりよいのではないか」と提案してみたら同意を得られたが、「どこで買えるのですか」と逆に問われた。

 作務衣は元々、禅寺のお坊さんの作業着、普段着であるが、若者たちにもやっと注目されて来ている。甚平と同じものと見られるが、全くその着こなし方は違う。今は由来を調べる手段がないため、詳しくは述べないが。今日本で甚平は、流行モノとして女性の浴衣姿に男性が合わせ、着られているに過ぎない。そこには文化というものはひとかけらもなく、ただ女性の尻についていくという卑しい男性根性が染みついたものである。そのパンツとおぼしきモノは彼らが忌み嫌うステテコと同じである。
 それを喜々として受け入れている女性の底が知れない。

<セネガル人女性あれこれ>

 自宅メゾンはダカール市内のちょっと小高い丘にあり、6階の部屋からは遠くに大西洋を望むことが出来る。大統領府やゴレ島等も見渡せるが、ちょっと下を見るとセネガル人の邸宅がよく見える。昼間、その庭には3人の若くスタイルの良いセネガル人女性をよく見かける。最初はメイドかなと思ったが、何日か観察していると(覗き趣味だな)、どうやらイスラムの国故、夫人が何人かいる様子である。羨ましくもあるが、財力いや金力がかなり無いと一夫多妻は出来ないのである。実際は離婚も多いようで、子供が出来て離婚された女性は大変な思いをするそうである。一方その陰で女性が少なくなり、ホモとなる男性もかなりの数がいるとか。


セネガル人邸宅と庭

セネガルの女性達

 さて、セネガル人の女性はお尻が丸く本当にキュッと上がって抜群のスタイルをしている。ましてや「セネガルの着倒れ」の異名を取るくらいお洒落な女性たちである。デザインも優れた原色の民族衣装「ブーブー」が、その黒い肌によく似合っている。その美しさはアフリカで三本の指に入ると断言する人もいるらしい。衣装のデザインにも流行があるらしく、過日行ったヌアクショットの市場には、生地を求めて、セネガル人女性商人が買い付けにまで来ていた。実際に買ってきて、メイドさんにあげたが、「これは今、流行の生地で嬉しい」と大感激された。

 ところで、その美しい女性も、一般的には結婚するとメイドを使って働かず、動かずに毎日を過ごすそうである。そのため、数年経って、三段腹の中にネズミが死んでいたのに気がつかなかったという笑い話もある。モーリタニアでの話だが。


バオバブの木

あまり綺麗でないダカールの海
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