| モーリタニア旅行記 | |||
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■ 砂漠の中のコンベンション ■ <砂漠の中の国際会議に出席> 私が1月1日にダカールに着いた時、妻が突然「13日から“モーリタニアにおける世界文化遺産の保存と開発”をテーマにした国際会議に出席する」と言ってきた。さらに、「国際会議は、首都ヌアクショットから車で7時間以上はかかる砂漠の町“ウアダン”で行われる」と言い「安全面からもボディガードとして私的に随行してほしい」と要請された、いや強制されたと言っていいのかもしれない。せっかくのアフリカ生活、“砂漠体験”という言葉にもたまらなく惹かれ、二つ返事で了解してしまった。 妻は日本大使館員の身分で参加であり、私はあくまで個人だから、当然旅費等は自費である。また、身分はマスコミでなく“外交官夫人”である。皆様方には誤解無きように、念のため。その実例として、国際会議の最中、一緒に参加したガイドが私の職業をウアダンの市長(村長と言った方がいいのだが)に伝えたらしく、インタビューしてくれないかと言う依頼があったが「今回はあくまで大使館員の家族としての参加であり、ジャーナリストではない」として断った。 ■ 1月13日=飛行機に乗る ■ <モーリタニア航空MR162便> セネガルの首都ダカールから隣の国モーリタニアに向かう。時間と距離は大したことはないが、その地の状況が全くつかめない。何がなくて、何があるのか、全く想像がつかない。家を出るまで悩み事は続く。ましてや、急なことであり、「そうだ懐中電灯がいるな、どこにあるのだ?虫除けのスプレーは持ったかな」等々大騒ぎになる。サバイバルキットさえ持っていない。 夜7時半すぎ、モーリタニア航空MR162便はダカール空港を離陸。機内に入ると、そこは既にアラビア語の世界である。何故かアップグレードされたが、ビジネスクラスもエコノミーも座席指定なしである。どうも空いているなら、ビジネスクラスでも座っていいらしく、その12の席を廻って静かな争奪戦が始まったようである。Yクラスのチケットを持っていたおばちゃんは、最初は乗務員に座ることを拒絶されたが、出発ぎりぎりにシート移動をしてビジネスシートをゲット!たくましい、でもいい加減うるさい、目の前でその巨体を蠢かさないでくれ。 <砂漠色の街> ダカールからヌアクショットまでは飛行機で約50分の距離、大西洋岸にありながらも、そこは既にサハラ砂漠の南西端である。正式国名は「モーリタニア イスラム共和国」。通貨はウギアで、1000ウギアが500円、ほぼ半分で換算すると分かりやすい。言葉はアラビア語とフランス語、そして現地語はあるが全く分からない。また、モーリタニア人は大きく二つに分けられ、黒人の流れを汲む“黒いモーリタニアン”とアラブ人に近い“白いモーリタニアン”である。 夜8時30分、首都ヌアクショット到着。迎えにきたJICAの漁業専門家の配慮によりVIPラウンジから入国。入国審査に並ばないのは初めての体験である。一歩外に出るとそこは砂の国であり、不気味な静けさが漂っている。夜とは言え、砂漠色の世界が広がっており、砂が町を覆い尽くしている。それ以上に、その先に、火星とも月とも例えられる世界が広がっていようとは想像もつかなかった。 |
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