カナリア諸島記


*お断り
この同行記はルポルタージュ形式をとっているが、あくまでフィクションであり、登場する人物、会社名はすべて架空のものである。

【欲しいものが変えない物資事情】

 ダカールに滞在してほぼ1ヶ月半が経った。1月には隣国モーリタニアの砂漠に行ったりしたが、現在この地の“ゴミ混じりの砂埃”に悩まされ鼻炎状態になっている。日本ではもう少ししたら、目に見えぬ花粉が飛び交うのであろうが・・・。

 さて、こちらに来て、私の主夫業の1日は朝食づくりに始まる。そして、昼前から妻のためのランチボックスを準備する。日本から持ち込んだ納豆他和食はすべて底をつき、現地の市場=マルシェに通って果物野菜などを仕入れるが、朝昼食はあり合わせの物を工面してつくることがしばしばである。物資が少ない中、料理に工夫が必要になっているが、夕食は二人で準備するようにしている。

 セネガルは砂とゴミが舞う発展途上国である。流通事情も悪く、ほとんどが輸入に頼っているため「欲しい時に買いたい」物資は少ない。また、ダカールには日本料理店はなく、韓国人経営のレストランに和食が置いてあるだけであり、その“美味しさ”は想像がつく程ひどいのである。

 大西洋沖で魚は大量にとれるが、良いものはすべて日本等外国に運ばれる。また、当地には生食の習慣がないため、新鮮な刺身はほとんど食べられない。唯一、買った時点で生きている“ラングスティン”と呼ばれる伊勢エビだけが生で食べられるようである。故に、現地の日本人は料理文化の低さと相まって劣悪な食事情に悩まされている。

【変な改革と変な癒し】

 ところで、私はさほど大きくない会社で経営企画を担当するサラリーマンである。今回、会社に無理を言い3ヶ月もの休みをいただいた。全く個人的な、家族的な事情のためである。それは5年以上別居状態が続いているため「妻と過ごす時間を出来るだけ確保したい」という願望であった。
 妻は海外に多くの拠点を持つ国際機関の職員である。英語とフランス語が多少出来るということで海外勤務が多く、マレーシアのペナンには5年近く赴任していた。本来は3年で帰れるところであったが、その国際機関内部の大きな変革(変な改革)に巻き込まれたため、精神的に辛い状況にあった。ここ数年の外務省を見れば分かるように、どこに行っても役人体質は全く変わらない。時代は大きく変化しているはずなのに。

 今度は、その国際機関の広報文化活動のため、アフリカのセネガルに赴任することになり、ダカールに居を移した。実際、うまく言葉に出来ないが、私が見ても、海外拠点が多いこの国際機関は改革方法がおかしく”変な人”が多いように思える。海外暮らし、どうも途上国暮らしが長くなると、ほとんどの人がそうなってくるようである。ストレスという言葉で表現が出来ないほど、複雑なことを抱えている人もいる。それは、今の日本のように単純に“癒し、癒されたい”と考えるものとは全く異質であり、あまりに複雑なもの絡まっているように思える。

【ザ・ショウシャマン=大島紀広氏】

 私たち夫婦は日本の商社である“金杉物産”の現地社員と知り合った。金杉物産は大手ではないが元財閥系であり、ご多分に漏れずリストラが数年前に行われたという。駐在の連絡員は日本人1名だけで、後は3名程度を現地から採用している。連絡員は直接的な売り上げを当地で計上できないため、いわば情報部員のような活動をしている。日本の商社は何社か来ているが、経済協力がらみの請負事業が主で、撤退する会社も多い。

 知り合ったのは『大島紀広』氏、41歳ということであるが、貫禄があるため、見かけは私よりも年上に見える。妻1名と犬2匹を日本に残し、当地に単身赴任をしている。彼は中途入社であるが、インドネシア駐在などを経験しており、現在は機械本部にいる。セネガルやギニアなどその担当国は広範囲である。
 彼の好奇心は旺盛で、水産にも興味があるため、日本漁船の水産基地があるカナリア諸島には是非出掛けたいと話していた。商社ビジネスは口利きビジネススタイルを取っており、そのノウハウは、我が社が現在のビジネスから脱皮するのに大いに参考になると思われた。これ幸いと同行を申し入れ、そのビジネスノウハウを直接聞き出したいという密かな思いを巡らせた。

 一方、妻は昨年9月に赴任以降、ほとんど休みを取っていないため直ぐに同意し、「これが私の年末年始休暇、バカンスにする」と言った。でも、「国際機関と商社の、経済協力絡みの癒着と見られないかしら」と懸念もしたが、私は「既に広報文化担当とマスコミが完全密着している」と言った。

 娯楽施設が極端に少ないダカールでは、休日の楽しみはゴルフだけである。大島氏を含めゴルフ仲間が10名程度いるが、カナリア諸島行きが決まった時、大島氏はその仲間に「この地ではなかなか食べられない“マグロの刺身”を何とか食べさせてあげたい、その入手に全力を傾ける」とも言った。友情と優しき思いを秘めている人であると感心したが・・・。

【空港への道はタバスキで大渋滞】

 今回の旅行は大島氏にすべて手配をお願いしてあり、彼はその綿密な行動予定表を作成してくれた。2月10日、妻と大島氏は夕方まで仕事である。飛行機は深夜発のため、仕事終了後にダカール市内の岬突端近くにあるレストランで食事を共にした。海に突き出て、ダカールの風を感じられる瀟洒なレストランである。
 メニューを見ながら、妻は大好物の生牡蠣を発見した。
★大島曰く、
「そうなのですよ。セネガルの牡蠣は、小振りながら味わいの深い牡蠣です。馬糞ウニもありますよ、ちょっとやせていますがね。この店はダカールではNO2ぐらいの美味しさですかね、たまに接待に使いますよ。もっと会社の業績が良ければ、ここでフル活動して何でも扱いたいのですが・・・。ところで、情報収集は商社マンの最大の仕事ですよ、ホテルも安く手配できました、商社は旅行会社のようでもあり何でも屋です。」

 と彼は誇らしげに言ったが、ラス・パル・マスには金杉物産の拠点があり、そこの二神さんがすべてを手配してくれたものである。


セネガルの海

タバスキのために集められた羊

 我々はワイン2本、彼はさらにウィスキーのダブル3杯を飲み、21時にレストランを出発、空港に向かった。道路は、水曜からのイスラム最大のお祭り=タバスキ“TABASKI”を控えて大渋滞となっていた。
★大島曰く、
「タバスキでダカールから田舎に向かう帰省事情もあるが、この渋滞の原因は何と言っても、羊の購入のためでしょう。ここ1週間、ダカールの道路や家などには羊が増えてきています。セネガルの各家庭では羊を1頭買って家族で食するのです。それ故に犠牲祭、所謂謝肉祭というのでしょうか。神に生け贄を捧げ、そのお零れをいただくという日本にも同じような風習があるかと思います。また、羊の買えない家長は見捨てられるとも言われているのです。1頭当たり約5万から10万セーファーします。こちらの数ヶ月分のサラリーですよ。羊が買えなかった家庭は牛肉で間に合わせるようですが。」

 彼は、さして駐在は長くないのに豊富な情報知識を披露してくれた。

 渋滞中の車のテールランプを見ながら、街灯がほとんどなく暗い夜道を1時間以上走って、夜10時半過ぎ、やっと空港に到着し、荷物をチェックインさせた。空港内で我々はビール、大島氏は再度ウィスキーのダブルに再挑戦。そして搭乗ゲートに向かう。彼は免税店に駆け込む。
★大島曰く
「いつもなら空港まで30分ぐらいで着くのですが、ちょっとあわただしかったですね。二神さんにお土産用1本、酒は私の友ですから私が飲みますのでウィスキー3本を買いました。」

 23時55分、イベリア航空(IB)6971便にて、ダカール空港から、カナリア諸島のGRAN CANARIA島、ラス・パル・マスに向かう。約2時間のフライトである。ラス・パル・マスは途中経由地で最終目的地はマドリッドであるが、席はかなり空いている。
 大島氏は既にかなり酒を飲んでいたため、直ぐに寝込んでしまった。

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