カナリア諸島記
 

【日付は変わって、カナリアの悲劇】

 2月11日午前2時半前、順調にラス・パル・マスに到着、3人とも空港の大きさときれいさに驚きを隠せない。私はダカール滞在まだ1ヶ月強だが、ダカールに慣れたものには大都会に見える。

 我々夫婦のカナリア諸島に関する知識は、ガイドブック1ページ分ぐらいしかない。しかし、
★大島曰く
「カナリア諸島はスペイン領で、日本の奄美大島とほぼ同じ緯度ですね。その起源は、海中に没した幻のアトランティス大陸の一部とする説がありますが、その存在はローマ時代から知られていたようですね。そうそう、小鳥のカナリアはこの島原産のフィンチ(鳥)に島の名前を付けたものが改良されたものです。
 もともとカナリアには“グワンチュ”と呼ばれる原住民がいましたが、15世紀以降のポルトガル、スペイン、イギリスなどに侵略されて現在では同化しています。1492年にはコロンブスが寄港、補給しており、船の修理などをしていました。また、その後の世界侵略の拠点にもなりました。」


グラン・カナリア島

グラン・カナリア島

 「はあぁ」、我々はその博識となめらか話しぶりにいちいち頷きながら、聞き入っていたが、タラップを降りて、バスに乗った途端に突然、
★大島曰く
「いけない、酒の入った袋がない、どこだ、そうだ、出国のX線検査の際だ、取り忘れた。日本なら忘れていますよと言ってくれるのに、何でだろう。この時間から酒が買えるかな、ホテルの冷蔵庫には酒が入っているだろうか、困ったな。」

 妻は「そうね、取り忘れた荷物は絶対出てこないよ。アフリカ人は絶対自分のものにするからね」と、こともなげに言い放つ。“カナリアの悲劇”はまず、この紛失事件から始まった。

 そして“第2の悲劇”は入国審査の時に起こった。降りた客は10人もいなかったと思える。我々は、人数は少ないから、開いている2つの窓口にバラバラに並んだ。妻の列は最初の人で長引きそうなため、私は大島氏と隣に並ぶ。しかし、大島氏の手前でセネガル人がまず引っかかる。審査を途中でうち切られ、横の椅子に座らされる。もう一度審査をされるらしい。
 続いて大島氏も引っかかってしまった。
★大島曰く、
「どうやら、私が日本のパスポートを持っていながら、アフリカに住んでいることが理解出来ないらしい、困ったな。ちょっと待て、不法滞在者が多いため、アフリカ便はかなりのチェックを受けるらしいとも言っている。韓国人や中国人の不法滞在も多いようだ。ここの役人は日本人の持つ品格も分からないのかな・・・」

 大島氏もその横の椅子に座らされ、後からのチェックとなった。私は結局、順調に手続きが済んだ妻の後になるが、ならば私も大丈夫だろうと思っていると、突然帰りのチケットを見せろと要求される。「おいおい、何で、女に甘く男に辛いのか、おまえ女じゃないか」とぼやく。
 やれやれ、これで20分ぐらい費やされる。
★大島曰く、
「嫌な予感がする」とぽつりと一言。

【第3、第4の悲劇が続く】

 ついに“第3の悲劇”が起きた。大島さんの荷物はちゃんと出てきたが、私と妻のトランクが出てこない。慌てる、妻走る、私は叫ぶ、バッゲージコントローラーがいない!荷物検査の職員は知らん顔、案内カウンターの女性も平然とした顔。
 迎えに来ていた二神さんが妻と一緒に出て、イベリア航空の事務所に走る。私は言葉が分からないため荷物の番をしている。交渉が長引いている、なかなか戻らない。
 一旦妻が戻り事情を聞くと「荷物はダカールを出ている、但し、そのトランクだけが“マドリッド行き”になっていた」と、唖然とする。
★大島曰く、
「やはり、ダカール空港の職員か。だからセネガルは後進国といわれるのだよな。」
 と冷静沈着に言葉をはき出す。

 私は、今なら飛行機はまだ空港にいるはずだと思い、何時発か確認すると、カウンターの女性は3時という。時計をみると3時10分、でも着いたのは2時半前、確かトランジットの時間は最低1時間はとるはずだ。ほんまかいなと再確認すると違っている、4時発だ、この姉ちゃんも・・・!

 間に合う、私もイベリア航空の事務所に行き、今から貨物室から降ろしてくれるように頼むが出来ない、権限がないという、荷物は数100m先にあるというのに。英語、フランス語で妻が話すが通じない、スペイン語が分からない。我々はプリーズを連発するが、暖簾に腕押しである。
 ふと見るとスペイン語の出来る二神さんがいない。
★大島曰く、
「後進国での税関への賄賂はどうするか知っていますか? まず“I like cafeと言われます。出されたお金を見て、足りないときは“more cafeと言います。」と泰然自若。

 午後4時過ぎ、交渉相手のおばちゃんはいつの間にか行方不明。そして飛行機は出発してしまった。空港到着ロビーで我々夫婦は茫然自失。

 そういう状況の中で“第4の悲劇”が始まった。今度は二神さんが空港ポリスに捕まる。不法滞在のアジア人と思われ、パスポートをチェックされたという。所持していなかったため、先日買った車の購入証明をもって行き抗弁したが、なかなか聞き入れてくれなかった。
★大島曰く、
「一尾始終を見ていたが、ここはやはり、ラテンの国だな。アミーゴ、アミーゴと直ぐに親しくなるが、“いい加減”なことを一杯やる。でも、常に、にっこりとしてアミーゴにならなければ、“良い加減”もしてくれない、大変な国だ。」

【ウィスキーとTシャツ】

 とにかく、荷物の再送手配をしてもらい、暗然として二神車に乗り込む。この調子なら何時戻ってくるかは分からない。私はこのあとの飛行機でマドリッドに荷物を取りに行くことさえ考えた。着替え全くなし。既に朝5時近く、ホテルにチェックイン。ビールを飲んでとにかく眠ることにする。
 そうしたらドアが叩かれ、そこに大島氏がいた。
★大島曰く、
「あのそちらの冷蔵庫にウィスキーはありますか?こちらのビールと交換しませんか?あ、それから、私のTシャツが一1枚ありますが、いかがですか。」

 心優しき申し出をしてくれたが、Tシャツは丁重にお断りしてお酒のみを交換する。大島氏はミニボトル1本だけでは眠れないと言う。


ラス・パル・マスの街中

ラス・パル・マスの街中
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