カナリア諸島記
 

【サンタ・クルーズの文化】

 この不可思議な雰囲気を持つリゾート地に二日滞在し、サンタ・クルーズの町に戻る。ホテルにチェックイン、前日、事務所のアナちゃんにお願いして急遽取ってもらったホテルである。なんとアートしている、安いのに部屋は素晴らしく、非常に居心地の良いホテルである。

 遅めの昼食に出る。ここでも大島氏はフロント女性から情報収集して、地図にレストランの場所を記入してもらっている。休日のためにやっている店は少ないと言われたが、歩いて15分程度と検討をつけて歩き出す。
 高さには弱いが、前に歩くのは得意な商社マンである。
★大島曰く
「好きだな、このサンタ・クルーズの町は。文化がある、芸術の香りがする。世界中どこの民族もお祭りが好きで、祭りがなければその民族や部族の文化はなかったとも言えるのです。風土・地域・時代・食生活によって内容は異なりますが。セネガル人の音楽性も高いですね。セネガル出身の世界的歌手“ユッスー・ンドール”はグリオ(吟遊詩人)の家系に生まれ、幼い頃から語り部の血を引いていると言います。」

 私はたまたま、セネガルの日本大使館に来ていた“ユッスー・ンドール”に会うことが出来たが、想像していたよりも若く、集まった子供たちを前にして、優しく歌唱指導などをしていた。
★大島曰く、
「そう言えば、あなたもメディアでしたね。文化を伝えているのですね。しかし、今のメディアは何を伝えていますか。私は今のメディアが伝えているものに、非常に疑問を感じているのです。
 文化には伝承性が高く、その民族にとって気がつかないほど底辺の習俗になっている基層文化というものがあります。でも今の時代は移ろいやすい、時代性の強いものばかりを、表面的に伝えているような気がするのですが。いかがですか?こりゃ失礼。」

 歩きながら、私は沈黙したままであった。


アートするホテル

アートするホテル

 紹介されたレストランを大島氏は目ざとく見つけた。大島氏のウィスキー、我々のワインは相変わらず続いている。胃も疲れてきたので料理は少な目に注文する。日本人は何でもシェアすると言われているが、ムール貝、ポーク、牛肉を注文し、シェアすることにした。
 ふと、隣の親子4人をみやると、ピータンのような黒い固まりを食べている。大島氏は、食事の量は少ないが、好奇心は旺盛である。
★大島曰く
「それは何ですか?はあ、like meat ?肉のようなものですか?苦い?甘い? 貴女は英語が上手ですね。そうだ、写真を撮ってもいいですか。いえ我々を撮って欲しいのでなく、貴女と貴女の家族を私が撮りたいのです。」

 どこに行っても大島氏は人なつっこい。素晴らしい人柄である。
 さらに妻が「スペインの食後酒を飲みたい」とわがままを言っても、彼は「デジスティフ、グラッパ等々」単語を並べ、その娘さんや別隣の奥さんから教えてもらう。最初は胡散臭げに見ていたボーイも笑いだし、理解をして希望通りの酒を出してきた。これぞ商社マンの鑑である、サービス精神の固まりである。


4人家族

文化溢れる町並み

【カルニバルへの想い】
 翌日朝、ラス・パル・マスに戻るフェリーの中で、
★大島曰く
「これを見て下さいとデジカメを差し出し、昨夜ここでもカルニバルがあったのですよ。ここのカルニバルは2月12日から始まり3月半ばまで続くのですが、毎日なにがしかのイベントがあるそうです。昨夜は夕方から子供の衣装コンテストがあるということで、夕食前から見てきました。まるで、小林幸子や美川憲一の、あの衣装ですよ。
 私が今回見たかったのはこのカルニバルだったのです。仕事があるし、ゴルフコンペの幹事もあったので、どうしようかと思ったのですが、2月12日から始まると聞いて、行くしかないと即断しました。」

 私には何故そこまで、カーニバルにこだわったのか分からなかった。もしかして、彼の心の鬱積を晴らすのが、祭りなのだろうか。


カルニバル

カルニバル

 さらに、語りに熱が入る。
★大島曰く、
「そうそう、カナリア州自治政府議会はサンタ・クルーズに置かれているのですが、自治州の首府は4年の任期ごとに、ラス・パル・マスとサンタ・クルーズに置かれるそうです。
 ですから、グラン・カナリア島とテネリフェ島の対抗意識は強く、このカルニバルもお互いが競争するかのごとく、見せつけ合うそうです。毎日がイベントですよ。それにしてもスペインは情熱的だな。」

 2月17日午後7時、空港に到着。リゾート空港としてはオーランド、マイアミ等に匹敵するような素晴らしい空港である。欧米を中心に様々な国のチャーターフライトも就航しているという。
 その空港のBARで、我々は“CALLOSキャオス”という、豚の内臓と豆を煮込み、サフランで味付けした料理を食べた。いわば日本の“煮込み”である。本当に美味しかった。カナリアの味である。

【旅の終わりに・・・】

 二神、桜井両氏の多大な尽力と現地の日鰹連の好意により冷凍された“ビンチョウマグロ6kg”が我々の手荷物として加わった。それは、マグロそのもの以上の重さがあった。素晴らしき人々との出会いと交流であった。そして、大島氏とふれ合う中で、その“純な心と熱き志、優しい眼差し”がとても印象的に感じた。

 私は主夫業をしながら、セネガルという国を観察しているが、当地で生活をしてみると、日本は、本当に何もかも恵まれているように思える。日本ほど物事が順調に、適切に動くところはない。しかし、今は、特に経済効率が悪くなっているのではないか。
 また、個人個人の能力は高いのに、組織が硬直化しているため、全体として効率が悪くなっている。一方、かなりまったりとして、無気力で無目的なイメージの学生が増えている。さらに、モラトリアムから脱することのできないサラリーマンも増えている。
 「色々な人がいるから」という一言では片づけられない複雑な課題も抱えている。

 夜10時、イベリア航空6970便はダカール空港に着いた。今度は無事に荷物はすべて出てきた。安堵。車に乗り込む大島氏の顔を見て思い出した一言がある。
 大島氏は空港に向かうとき、仏様のような顔をした桜井さんから「日に焼けましたね」と言われ、
★大島曰く
「左手だけは焼けていない、不浄の手だから・・・」
 妻は、「いつからイスラムになったのだ?」という一言を呟く。

 我々の旅はこれで終わった。後1ヶ月ほどのダカール滞在である。

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