セネガル帰国記
 

■ この地で何をしたか ■

◎ 日常生活では、主夫業を行ったこと。

 とはいいながら、朝食や昼食、買い物をした程度であるが、主婦の時間の過ごし方が分かったような気がする。時間というものは漫然と過ごしていれば、ただ無為に流れていくものである。
 主婦というものが、結構大変だと言うことが身に沁みたが、何もしようとしなければ、小さいながらも努力を怠れば、主婦業も暇であることが分かった。所謂、掃除・洗濯・炊事・買い物等の手抜きは簡単であり、ましてやこの地ではbonne=メイドさんを雇うことが必要とされているため、何もしないことが容易い。

 ただ、これに育児が加われば大変なことになることは確かである。育児がなかったとしたら、その人なりのやり甲斐のあることが必要になる。それがなければ、暇を持てあまして趣味のみで終わる、あらぬことばかり考えるようになるかもしれないが。
 しかし、この地には文化というものが希薄なため、どこまで自分の趣味を生かせるかは分からぬが。
 一方、この地では共稼ぎの夫婦なら大変であろうと思える。買い物の時間がとれない、ボンヌさんに頼むにしても、好みや嗜好を理解させることは結構大変である。
 初めてボンヌさんや運転手を雇った妻は、生活文化の違いに苛つき、教え込むことの難しさを知ったようである。

◎読者というものを想定した文章というものを本格的に書いたこと。

 旅行記、体験記がすべてであるが、400字詰め原稿用紙180枚程度を書き起こした。書くという行為は報道部時のニュース原稿以来だったのであまり自信がなかった。しかし、メモを取るという行為、習慣から始まったが、意外にすらすらと言葉が出てきたように思える。
 後は本をまとめて読む時間が出来た。今回はなるべくミステリーやハードボイルド小説は少な目にしてきたが、評論やビジネス研究書など読み込むべき本をじっくりと読むことが出来たのは望外のことである。ただ、3ヶ月のため自己研鑽のための勉強が出来なかったことが悔やまれる。後は帰国後の地道な努力しかない。

◎50歳の手習いとして、フランス語を始めたこと。

 とにかく大変である。まずは記憶力が衰えた、いや、非常に悪いと気がついたのである。耳から慣れることが一番大切であるが、何を言っているかを分かるには、ある程度の本からの勉強が必要である。それを指向している間に3ヶ月近くが経っていた。この頃になって、やっと耳に言葉が残り、会話の中身がおぼろげながら分かるようになる。やはり半年以上、1年いないと身には付かないだろう。しかし、思わぬ効用があった。いままで中途半端にしか出来なかった英語であるが、ハリー・ポッターの英語版ビデオが分かようになったことである。

 日本人が英語に習熟するには現地で生活するのは当然であるが、一度他言語に取り組めば理解の速度が速くなると言う仮説を持っていたが、本当に英語が理解しやすくなった、身に付くようになったのである。後は記憶力だけである。

◎モーリタニア、カナリア諸島に出掛けたこと。

 1月到着早々、セネガル国内のサン・ルイに1泊2日、隣国のモーリタニアには5泊6日、2月に入ってカナリア諸島に7泊8日で行ってきた。
 ダカール周辺の観光地はゴレ島、ラックローズには行ったが、どうしようもない観光地である。全く道路施設等の整備がされていないため、ただ珍しいというだけのことである。この国が観光というものが、自国を豊かにする資源であることを理解していないことが十分に分かる。

 また、ライブハウス等での音楽は深夜12時過ぎから始まるものが多く、なかなか見に行くことは出来ない。娯楽が全くといってないと言って良いこの地で、唯一の楽しみはゴルフであり、旅行以外の土日はゴルフを愉しんだ。しかし、荒れ地、荒れグリーンのプレイのためスコアの苦労もしたが、ゴルフは自分との闘いであり、如何に冷静になることが必要かを痛感した。良い経験である。

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